【健瀧ゼミナール 022】 「哲学は言語に依存した二元論」それは切りのない言語ゲームである


実に哲学は、「存在」というと重苦しくなりますが、人間を含む生物やモノなど、地球上に在りとし、あらゆるモノが在るということはどういうことなのか?

それを全体として研究しようとする学問です 。

近代の哲学者、東洋思想の易(宇宙論)を研究し、易の陰陽二元論から応用し、二進法からコンピューター理論をつくったライプニッツは、「何故、何もないのではなく、何かが存在するのか?」(少し難しいかもしれませんが『理性に基づく自然と思惟の原理』)と問いかけ、問題にしています。

二十世紀最後の天才哲学者と言われたウィットゲン・シュタインでさえ、神秘的なのは「世界がいかに在るかではなく、世界が在るということである」という言い方をしています。

またウィットゲン・シュタインは、哲学は言語ゲームであると言っています。

ハイデッカーはもっとはっきりと、「哲学するとは〈何故一般に存在者が存在するのであって、むしろ何もないのではないか?〉を問うことである」と言っています。

この西洋的な言語執着の切りのない、二元論の言語ゲームを、小中健瀧が継承する理気学・東洋思想の朱子学理気論にて、見事に一刀両断して見せます。

ご期待の程宜しくお願い致します。


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