
【健瀧ゼミナール 060】「茶は生の術」茶道として生きる老荘思想道教は「絶対である相対性」と「不完全性の美学」を説く、それが「道」である
岡倉天心は、「茶」は姿を変えた「道教」であるという。 まさにそう言える。 「道」は字義としては通略を意味するが、道教においては宇宙の根本原理である。 それは何事によっても限定されないものという思想である。 天心は老子の言葉を引用し、その概念を次のように語っている。 「あらゆるものを孕んだ、天地に先立って生まれたものがある。 何と静かなことであろう。 何と孤独なことであろう。 一人きりで立ち上がり、そのまま変わることはない。 やすやすと自転し、万物の母となる。 その名を知らないので、「道」と呼ぼう。 無限と言っても構わない。 無限は素速いということであろう。 素速いということは消滅するということであり、消滅するとは戻ってくることである。 つまり、道とは移り変わることであり、一つの真理が様々な姿を取りうるという認識を表している。 天心は「道教」の思想を様々な側面から解説をしている。 茶に影響を与えているものとして中心になるのは、「相対性の認識」と、「不完全性の美学」だと言っている。 まず、相対性の認識とは何か?と言えば、先程の道の解釈にも集約されるよ

【健瀧ゼミナール 059】「茶は生の術」現代を自由に生き抜く知恵「不完全性の美学」
茶と付き合って生きるということは、私の人生にとって実に、理にあった妙味な新鮮さと言えようか? 1日の始まりに、自然な時の流れの中で、朝には朝日が差し、陽気な空間の中で茶事を行うことは、実に新鮮で妙味なひと時を活きる歓喜を感じる。 朝日が照る中に、自分の身体も心も陽気が差してくる、それは実に身体も心も暖まる。 その自然の行為に私は只感動をし、幸せを感じる。 まさに生かされている喜びや幸せを感じる。 そう身も心も感じながら、茶事に入る。 思い出せば、岡倉天心は茶事を行うことを「茶は性の術」と捉え、その中に一つは道教の思想を観ている。 道教の思想と言えば、虚・負の美学である。 言うならば不完全の美学がある。この世界には完全ないし完成というものは有り得ない。 逆に、不完全であり未完成によって、その先に完全なり完成に向かって、無限の可能性が開かれる。 言うならば、虚・負であることによって、そこには無限の可能性が包含されているということである。 ある意味で、人生という劇は誰もが調和を心がけるなら、皆が自分の個性に華を咲かせ、皆互いに活かし合う歓喜な世界になる

【健瀧ゼミナール 058】日本の国家的な宗教とされる『神道』とは何であるか?
「日本書記」に書かれているように、「神道」は奈良時代に初めて使われるようになった。 この背景には、私が講座やセミナーでいつも言っているように、帰化人や外来人が、外来宗教である道教の書物を基礎にして編集をし、創作した神話的物語である。 具体的には易経や淮南子を基本にして創作した神話的物語である。 だから、いつも歴史学者や専門家では常識ですが、当時から天皇の権威と国家を統治する為に創作された書物といわれている。 その証拠としては、その前に研鑽された日本最初の書物で神話的物語の「古事記」と「日本書紀」の時期や名称の違いは多様にある。 また証拠に考古学研究者たちの見解からも、その歴史的な事象と時期のズレは、かなりあり不明な事は多分にある。 それに古事記や日本書記以前に書き残されている「風土記」の逸話や言い伝えの書き纏められたものを、古事記用や日本書紀用に、意図的創作の都合よい、神名や名称、物語に書き換えられている。 それからも解るように、外来人の藤原氏(中臣氏)や太安万侶・稗田阿礼たちの編集だから当然、外来宗教の道教とその書物をベースにした、風土記など地

【健瀧ゼミナール 057】日本国家の元主とされる宗教の「神道」とは何であるか?
「神道」という語は何処から来てどうつくられたのか? 神道の原初にある、縄文の自然崇拝は別にして、「神道」の語についての由来を思考してみましょう。 「神道」の語は、中国から伝わった外来語と考えられる。 何故ならば、「神道」の意義と思われる文章は、中国の宗教である「道教」の書物・「易経」に書かれている。 それは霊妙、不可思議な自然の法則と書かれている。
要するに道教の思想である。 その道教の思想が、中国から古文時代から飛鳥時代に日本に伝わり、日本で神道とされたのである。 この「神道」の意義は、神としての権威・力・働きである。 また神道は日本の書物に表れるのは、奈良時代初期に編纂された「日本書記」である。 日本書記には天皇は信(う)けたまひ、神道を尊びたまふ
天皇は仏法を尊び、神道を軽りたまふ
惟神(かむながら)は神道(かみのみち)に随(したが)ふを謂ふ (孝徳紀文化三年) とある。 前の二文は「神道」が、仏教を対比して書いてある。 「日本書記」は外国に向けての日本の公的な説得として編纂されたと考えられる。
また「日本」という文字も「日本書

【健瀧ゼミナール 056】健瀧、風来心旅(水戸編)
先週、水戸黄門様ゆかりの水戸に来て、水戸光圀公後、最近の水戸風情や人々はどう変わって行っているのか、など街を観ながら風来しました。
このスタンスが、私に最も合っているのでしょうか。
「風」という言葉は能の世阿弥も風姿花(華)伝という能の極意書に使っています。 他にも「風景」、「風情」といったように、「風」の象徴的な表現は、何を表しているのでしょうか?この普遍的な表現は、単なる文字に依存しなかった、縄文人達の魂と身体を、自然に共生した超越的な表現の傑作と、私は思考します。 皆さんも考えてみて下さい。
このように、大和言葉や万葉集に詠われる、言霊から言の葉に表現される感性と心の機微は、まさに日本の誇るべき、縄文文化の素地なくしては、語れないでしょう。 話はそちらに逸れましたが、話の続きに戻りまして、水戸駅から、いつものようにぶらりぶらりと心と身体に任せながら、歩いていると最初の印象的なシンクロが起きました。 最初に入った店は水戸の老舗・牧之原という茶店です。 この店の主人は気負いなく、自然にお客様にお持て成しをされ、奥さんの和やかな心遣い