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【健瀧ゼミナール 058】日本の国家的な宗教とされる『神道』とは何であるか?


「日本書記」に書かれているように、「神道」は奈良時代に初めて使われるようになった。

この背景には、私が講座やセミナーでいつも言っているように、帰化人や外来人が、外来宗教である道教の書物を基礎にして編集をし、創作した神話的物語である。 具体的には易経や淮南子を基本にして創作した神話的物語である。

だから、いつも歴史学者や専門家では常識ですが、当時から天皇の権威と国家を統治する為に創作された書物といわれている。

その証拠としては、その前に研鑽された日本最初の書物で神話的物語の「古事記」と「日本書紀」の時期や名称の違いは多様にある。

また証拠に考古学研究者たちの見解からも、その歴史的な事象と時期のズレは、かなりあり不明な事は多分にある。

それに古事記や日本書記以前に書き残されている「風土記」の逸話や言い伝えの書き纏められたものを、古事記用や日本書紀用に、意図的創作の都合よい、神名や名称、物語に書き換えられている。

それからも解るように、外来人の藤原氏(中臣氏)や太安万侶・稗田阿礼たちの編集だから当然、外来宗教の道教とその書物をベースにした、風土記など地方の名称や説話を、当時の元明天皇との話の上で、外来人の藤原氏族や太安万侶・稗田阿礼たちが神道国家の権力統治を図り自分たちの理想的な日本国家を造るための、バイブルとして、日本的な神話物語は不可欠で、「古事記」と「日本書紀」は編纂されたのである。

従って「日本書紀」は舎人親王と太安万侶たちにより、編集された。 「古事記」と「日本書紀」の内容の、事象や名称の違い、時期のズレは可笑しいぐらい所々ある。

そのことについて話すとそれだけのゼミになるので、それはまたの機会に話すことにしよう。

その頃から、人間の我欲による利権は天下国家を支配する為に、「古事記」や「日本書紀」の編集、創作に偽装があったのである。

現代においても、古事記や日本書紀だけではなく、いま日本人と称する者の殆どが、日本の歴史から政治や宗教、教育、芸術、芸能、経済、娯楽など、総合的な日本的文化に対することに、異常な程の偽装があっても、観念的に正しいと思い込み、懐疑や思惟をしないことが常識化していることが恐怖を感じさせる大問題である。

それは今日本人の病理と言われるように、人間関係やもの事や出来事へも感性が働かず、感覚も使えない、思考が出来ない劣等状況である。

それは利得主義のマスメディアに操られ、慣らされることから、すべからず損か得かの二元的な功利判断しか出来なくなって来たからだ。

個人の創造性のある意見や知性的な意見、センスも皆無で、全くナンセンスという現代人の常識が存在する。

それが要因で日本人と称する者が多数派で人間性は劣化していき、日本の社会に過当競争の状況をつくり、それについていけない真面目な少数派の人達は弱肉強食で、嫌がらせやいじめられるのが当たり前で、いじめも自殺者も未だに増えている。

それは政治から経済やマスメディアの世界は直接的に、まさに人間性の価値観を無視した、精神性不要のエゴイスティックな金と物の功利主一辺倒の悪質な偽装的社会をつくっている。

また人間関係も精神的な心の対話もなされない、心の相互理解のない、依存性の強い自我欲求的なものになり、心が通じない希薄なものになって来た。

またネット依存やコミック、ゲーム依存が日本国民を愚民化している所以でもある。 それに若者たちの会話も短絡で、ふざけた文脈のない幼稚な表現が目立つ。

この社会現象の時代に最重要なのは、まさに歴史を学び現代に問う知恵の哲学がもっとも重要である。 ここまで劣等化した日本に現在、最重要なのはこのような日本の劣等化型の社会構造を構築している要因を考察し、徹底的な検証をして哲学することが何よりも不可欠である。

そして我々の「日本の国を、政治するということはどいうことなのか?」という問題が必然的な生まれて来なければならない。

そして個人の利権を問題にせず、政治家との癒着もなく、政治に純粋に議論をすることが生まれて来なければならないのである。それが政治に対する哲学である。

でなければ、今までのように愚かな事を繰り返していれは、やがては間違いなくこの国は、精神的に没落の一途を辿ることになるであろう。

それを日本国民が望まないのならば、国民一人一人が真面目に政治について、公共的な正義を学ばなければならない。過去の悲惨で不幸な歴史を繰り返さない為に、歴史を検証していかなけろばならない。

本当に我の未来を考えるのであれば、政治も考えるのであれば、今、現代人のしなければならないのは日本の歴史を検証していき、その歴史から現代の問題を解決する知恵を学ぶことであり、本当に「普遍的な日本の国家をつくるとはどういうことか?」を学んでいき、それを計画的に実現していくことである。

僭越な私でありますが、日本人としてまほろば的な日本国家を実現する為に、私はこの歴史思想文化のゼミナールを開講しているのです。

今後も何卒、皆様方のご支援を宜しくお願い致します。


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