【健瀧ゼミナール 054】自由を求めて不自由になった現代人・心はいかにして自由になれるのか?


このテーマは、人間が生きていく為の永遠の問題かもしれない。 まさにその問いを思想したのが、今から約二千三百年前に中国の戦国時代中期に書かれた思想書「荘子」である。 著者の名前は「荘子」または「荘周」ともいう。 この書は「荘子」とその弟子たちが、書き継いで一つになった本てある。 歴史に名の遺った思想家たちをみると、ソクラテスもブッダも孔子も自ら本は書かず、遺してはいません。 それは弟子たちが書き遺したことで、その師匠のソクラテスやブッダや孔子の名前が遺り、後に有名に成っていったのである。 荘子の場合は明らかに荘子自身が書いており、師匠と弟子たちの合作という珍しいダイプの本になっている。(である) それで荘子の読み方は儒家の曾子(そうし)と間違われやすいので、日本ては「荘子」は「そうじ」と呼んでいる。また濁って読むのが中国文学や中国哲学の関係者の習慣となっている。 荘子の思想の根本はこの世の一切をあるがままに受け容れるところに真の自由が成り立つという思想である。 その思想は、多くの寓話を用いながら説かれている。 また「心はいかにして自由になれるのか?」という思想は後の中国で道教的仏教の「禅」の成り立ちに大きな影響を与えたのである。(与えていくのである) ***** 荘子の本は小説的でもあり、本当に面白い。 日本においても、作家や文筆家、文化人たちも「荘子」から創作する影響を受けている。 例えば、西行法師、松尾芭蕉、仙厓義梵、良寛がおられる。 近代では、森鴎外、夏目漱石、またノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹博士も「荘子」を愛読していた。 湯川秀樹博士は、ノーベル物理学賞の理論である中間子論を考えた時には、「荘子」の応帝王編の混沌七竅の物語を夢に見て、大きな影響を受けたという。 現代の既成概念や固定観念、また偽満艤装的な社会、それから生じすストレス社会には、「荘子」を読めば、身も心も解けていく。 現代の人達は言葉や思想というものを大変な恣意的な都合でつくっていく、まさに暫定的という認識を失っている。 いわゆるグローバリズムで行われていることは凡地球人類思想では無く、欧米的な価値の押しつけ、依存社会のなかで、殆どの人が生きている。 それに対して実は様々な民族や宗教、資本主義や社会主義も、全てが相対なものであり、何かが絶対的に正しいというものではないと、笑いながら語っているのが荘子である。


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