【健瀧ゼミナール 046】明治政府の暴略に立ち向かうサムライたち、そして外国に「日本論」「日本人論」を


明治中期になると、次々に「日本人論」が書かれていった。

まず内村鑑三が「代表的日本人」(1894)、新渡戸稲造の「武士道」(1899)、岡倉天心が「茶の本」(1906)であった。

この三人は諸外国に留学などいっており、外国から日本を眺めており、失われていく日本がよく観えたのである。

三人とも英語は堪能で、その三冊すべて英文で書かれた。

三冊の英文で書かれた本は日本から世界に向けて、「日本とはどういう国か?」、「日本人とはどういう民族か?」日本から海外に発信していったのであった.

そして今、日本人が住んでいる日本を自覚する為に、また日本人であることを自覚する為に、読まなくてはならない本がある。

その本は、先程紹介した三冊以外には、九鬼周造の「いきの構造」=日本人の美意識と、折口信夫の「死者の書」=ものの霊力(日本の宗教)、河合隼雄の「中空構造日本の深層」=日本人の深層心理、鈴木大拙の「日本的霊性」=日本人の宗教観などである。


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