【健瀧ゼミナール 031】 茶の道はこうして生まれた

茶は芸術と同様、その発展を辿ると、いくつかの時期と流派があります。

発展の順から茶を煮たてる団茶、泡立てる抹茶、浸す煎茶と、三段階に分けることができます。

私たち近代人はその内の最後の段階の煎茶の時代であります。

こうした茶の扱い方の違いは、それぞれの時代の精神的特質の違いを現しています。日々の暮らしぶり、その何気ない仕草に内心の働きは現れます。

あの孔子はいっています。「人は隠したらするものだろうか?」と。

私たちには隠さねばならないような偉大なものなどはないので、些細な事柄にも自分をあらわにしがちになるのだろう。

毎日の暮らしの中の細々とした事も、高尚な哲学詩に劣らず、それぞれの民族の理想がどういうもであるか、語っているのです。

茶の発展における「それぞれの時代の精神的な特質」が、どのようなものであるか?

まず、固形の茶を煮立てる団茶は、中国の唐の時代の精神的な特色を現しているといいます。

それまでは漢方の実用的な薬だった茶がこの時代になって、洗練した芸術性を獲得し、茶道の原点が生まれたのです。

その始祖 となるのが、茶神・茶聖といわれる陸羽であります。

陸羽は茶経を書きました。この時代の背景に仏教・道教・儒教が統合され、日常現実一つ一つの内に宇宙全体を律する普遍的真理が現れるという、汎神論的な象徴主義の理念が生まれたのです。

そのような象徴主義の影響を受け、陸羽は茶のも手なしの内に万物を支配する調和と秩序を見いだそうとしました。

「茶経」を執筆して茶の決まり事を定式化したのです。

次いで宋代に入ると、それに代わった抹茶が主流になります。

それに応じて、背景となる時代思潮にも微妙な変化が生まれてきました。すなわち道教の影響力の広がりです。

それまでの、現実を宇宙真理の反映とみる象徴主義的な発想から、現実そのものが宇宙真理なのだという発想へとの転換が起こったのであります。

宋の茶の思想は、人生観同様、唐とは異なっていた。唐時代には象徴化しようとしたものを宋時代になると現実化しようとするようになったのであります。

新儒教(仏教、道教の要素を統合した儒教)の思想では、この世の現実に宇宙の法則が反映されているのではなく、この世の現象そのものが宇宙の法則にほかならない。

永劫は瞬間に過ぎず、涅槃は常に掌中にある。不滅は永劫の変化の中にあるという道教思想が全てに浸透していた。

面白いのはこういそのものではなくて、その行為に至る経過だ。本当に重要なのは、完成そのものではなく、完成することだ。

かくして人間は一気に自然と直面することになりました。人生に新たな意味が生まれて指針となったのです。

茶は単なる詩的な遊び事にとどまらず、自己実現の手立てになったのであります。

ここにおいて茶道の原理は 完成されたのです。

具体的には道教の教義を大幅に取り入れた禅宗の仏教徒たちがこの時代に精厳な茶の礼法をつくりあげ、そして、この完成された段階の茶が、やがて15世紀の室町時代の日本に伝わり、やがては茶道の頂点を極めることに成るのであります。


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小中 健瀧(こなか けんりゅう)

日本理気学会 代表理事

​シュヴァイツアー協会 日本事務局顧問

環境理気学研究所 所長

統合医療研究会 会長

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