【健瀧ゼミナール 007】「ひきこもり」と「自己愛」


うわべだけの付き合いを繰り返す若者たちがいる一方で、近年、「ひきこもり」の若者たちも増えている。ひきこもりにはそれぞれの原因があるでしょう。

多くの場合、耐え難いような体験をして、その為に外に出られないというという人が多いのでしょう。

だから、ひきこもっている人に対して、何が何でもそとにでろというつもりはありません。

しかし、ひきこもりることによって、失われるものも多いのは確かである。

すべての引きものりの原因が、愛と関係しているのではないか?

自分の部屋に閉じこもって外部との接触を避ける行為は 当然ながら恋愛の拒否につながる。

「恋愛の拒否 をしているわけじゃない。したいけど出来ないんだ」という人もいるが、結局、彼らは自分が傷つくことが怖いのである。

傷つくぐらいなら、恋愛などしない方がマシであると、他社とは関わらない方がマシだと思ってしまっているようである。

その傷つくのが怖いというのは、逆に言えば自分が一番可愛い、一番大切」ということであるから、それは一種のナルシシズム(自己愛)と言えるのてある。

つまり、このナルシシズム(自己愛)が段々と大きくなって、自分が傷つくのを避け、独りの世界に留まることになったのが「ひきこもり」である。

ナルシシズム(自己愛)がだんだん肥大化し過ぎると、健全な恋愛は出来なくなってしまうのである。 最近の日本ではストーカーによる事件が急増している。

その諸理由や諸事情があろうが、一般的には自分だけが大切、自分が一番可愛いということではナルシシズム(自己愛 )が深層心理にあるのである。

しかし、根底にあるものは「ひきこもり」とは異なっている。

そのストーカーの心を紐解くキーワードは他者からの承認」である。

もともと人間は何らかの形で他人から承認されないと生きられないようできているのである。

誰かに認められ、誰かに愛されていると実感がなければ「自我」は崩壊してしまうのである。

何故なら自我というものは弱いもので、懸命に支えてやらないと、すぐに壊れてしまう。

自我というものは簡単に言えば、自分ということである。

後にもまた、触れますが、自分の中には自分が知っている自分と、自分の知らない自分がいる。

そのうちの、自分が知っている自分が「自我」である。自分が思い考えているような「自我」である。


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小中 健瀧(こなか けんりゅう)

日本理気学会 代表理事

​シュヴァイツアー協会 日本事務局顧問

環境理気学研究所 所長

統合医療研究会 会長

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