【健瀧ゼミナール 002】 現代の日本人にとっての「愛するということ」


新春ゼミナールから、小中健瀧がエーリッヒ・フロムの「愛するということ」に迫るトークが始まります。

現代の日本人に愛というものをどのように、捉えられているだろうか?

それは生きた時代の世代感も違おうし、多少の違いはあろうが、現代に愛いうものに、どれだけの人が純粋に向き合って真剣に考えているのだろうか?

愛は学校や本でわざわざ学ぶものではなく、自然に経験するものと考えるのが一般的ですが、何故、フロムは、愛とは能動的に学ぶべきものであると考えるに至ったのであろうか?

それは彼が愛が失われつつある現代の社会状況に危険感を抱いていたからであろう。

フロムの「愛するということ」の本が書かれたころのアメリカは、すでに資本主義社会が複雑化、巨大化し、人間の経済を動かす単なる歯車のような存在になってしまいました。

そうした社会を生きる中で、人々は「愛の本質」を見失い、間違った愛を「本当の愛」と勘違いするようになってきた。

フロムそう思えたのであろう。

こうした「愛の本質が見えにくい社会」が到来したのが、まさに現在の日本である。

今の日本も当時のアメリカとまったく、同じ状況になったと言っても決して過言ではないと私は思う。

最近の若者は恋愛ができない人や人を愛せない人が増えていると言われる。

そしてストーカー行為に走ったり、誰とも会わなくなった部屋に引きこもってしまったり・・・。

現代の日本人を見ていると、日本の社会からもどんどん「愛」が失われているように思われます。

フロムはこうした問題の根底には「愛についての誤解」あると言います。

確かに最近の日本人の中にも,愛を誤解していると感じられる行動が多く、見受けられる。

そのフロムの言う「愛についての誤解」とはどんなものなのか?

現代人の行動の中から、探ってみることしよう(続く)


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